『鬼が哭く』陰陽師石田千尋の事件簿その2

携帯電話からは、先ほどスピーカーから発せられた、だみ声が聞こえてきた。
「こちらドクターヘリ機長の磯村だ。君たちの車は目視で見つけたが、海岸が暗くて、患者の位置が分からない。車を基点として方角と距離はどれくらいだ」
小島の誘導は的確だった。
「自動車を基点に国道128号線の九十九里方面を0時とすると、4時の方角。距離は三百メートル以内です」
中略
驚いたのは永井医師のほうだった。
「小島っ!小島じゃないか。お前どうして……」
「永井か!いや……お前こそどうして」
その言葉を飲み込むようにして、小島は患者を指さした。
「溺水から時間が経っているんだ。心拍もけいれんを伴って弱いし、呼吸も微弱だ。処置を急がないと」
中略
千尋は先に機内に乗り込んだ。
フルフルフルフル……。
プロペラは回転を続けたまま待機していた。
永井医師の言葉に小島は迷ったままだ。
「小島君、君が救った命やろ。まだ救いきれんかもしれん命やろ。責任を持つなら、君も乗せてもらえ」
千尋が、ヘリの機内から小島に大声をかけた。

『鬼が哭く』第3章「かげろう」より抜粋

著者回想/この作品を書くために、徳島県のかずら橋、山梨県の昇仙峡、千葉県の九十九里浜へ取材に出かけました。椎間板ヘルニアの手術後で、車椅子に乗ったり、ロフト杖を突いたりして、取材に駆け回りました。全3章のオムニバス小説です。例によってすべての話が第3章に結びつきます。ラストシーンはバッドエンドなのか、ハッピーエンドなのか、それはあなたの感想にお任せします。