『花神の都』陰陽師石田千尋の事件簿その3

千尋の言葉が終わらないうちに、
「生きていたって、生きてい……生きていて良いの?」
尚子の肩が震えだした。
「た、助けて……。助けてぇー。弘美はどこへ行ったの?」
弘美の名を呼ぶ尚子の叫び声に、小島は思わずうつむいた。
「小島君、逃げるな。しっかり見届けるんや。尚子さん、こんにちはっ!」
尚子は、全身で息をしている。
「いったい誰なの……。どうしてここにいるの?」
それはいまさらのように、千尋と小島に気がついた尚子の言葉だった。
「こんにちは、尚子さん。さあ、挨拶の返事をしてくれ。僕が受け止めたる。こんにちは」
千尋の言葉に、尚子はくうをつかむように両手を伸ばして助けを求めた。
「こ、こ……」
涙で顔をゆがませながら、尚子は絶叫した。
「こ、こんにちはぁーっ」
「心、預かった。陰陽師、石田千尋。全身全霊であなたの魂を救う」
さっと千尋が頭を下げた。コートの内側から素早く杓(しゃく)を取りだしていた。
「布留惠ゆらゆらと布留惠……」
千尋の呪文に、尚子の身体が反応し始めた。

『花神の都』第1章「陰と陽」より抜粋

著者回想/第2章の「京都の花」を執筆するために、豊臣秀吉と妻のねねの足跡を京都の街で探り訪ねて歩き回りました。東京行きの新幹線最終便の車内で、耳栓をしながら、ストーリーの構想を取材を頼りにノートに万年筆で書き続けていたのを思い出します。東京駅に到着しても構想を書き上げていなくて、駅構内のコーヒー店に飛び込んで、ノートにストーリーメモを書き続けた深夜でした。生と死と、街と花と、身体と心とがリンクする小説です。