『東京百鬼』陰陽師石田千尋の事件簿その1

「見えたか……」
千尋は指をゆっくりと降ろした。
「闇はな、やさしく魂を抱いてくれる場所なんや」
蛍よりおぼろげな光だった。よろよろと力弱く天空に昇っていく。
「森であれば、樹木の影の闇が霊魂をいたわり、やがて霊魂は樹木の枝先や梢、樹頂から神上りをしていく。霊たちは闇を求めているものなんや」
千尋は、ヒメヤシの枝を胸の前に握った。
「あの場所は、江戸時代には大名屋敷やったらしい。それが明治以降に公園となった。古い樹木がうっそうと茂っていた。しかし、開発の名のもとに土地は削られ、樹木は伐採されている。闇が失われつつあるんや」
宮崎は、千尋の顔から視線を移すと、東京の街を改めて眺めた。闇を探すように。

『東京百鬼』第2章「ブンゲンストウヒ」より抜粋

著者回想/小説デビュー作です。陰陽師の石田千尋と、秘書の小島幹大が主人公です。この作品は全5章からなるオムニバス小説ですが、すべての話が第5章に結びつく構成になっています。現代の陰陽師の緻密で大胆な除霊と、二人の珍道中をお楽しみください。