僕がフレンチコーヒーを好むようになったのは、大学に入ったばかりの18歳のときでした。
渋谷の現在のファイヤー通りの近くに「レジュ・ドゥ」というコーヒー専門店がありました。
コーヒー豆は最初から茶色いと思っている人がいるようですが、獲れたてのコーヒー豆は白っぽいです。

これを焙煎(ロースト)するのです。豆を炒るわけですね。
炒る時間によって、ローストの状態は数段階に分かれます。

1、ライトロースト(Light roast
2、シナモンロースト(Cinnamon roast
3、ミディアムロースト(Medium roast
4、ハイロースト(High roast
5、シティロースト(City roast
6、フルシティロースト(Fullcity roast
7、フレンチロースト(French roast
8、イタリアンロースト(Italian roast

浅煎りがライトローストで、アメリカンコーヒーは本来このライトローストで淹れます。
深入りの、イタリアンローストは、エスプレッソなどに使われます。
僕の好みは「レジュ・ドゥ」のコーヒーによって、決定づけられたと言えるでしょう。

深入りのフレンチコーヒーしか提供しない専門店で、カップはロイヤルコペンハーゲンや、リチャードジノリ。梁は古い民家の柱だったと思われる濃茶の削り出し。
40年前のコーヒー1杯の値段は400円。カレーライスが300円で食べられた頃です。現在の価格にしたらコーヒー1杯で1000円くらいでしょう。

大人のコーヒー店といった雰囲気で、僕は通学のため渋谷駅で降りると、大学へは向かわずに、たいていは「レジュ・ドゥ」の木製の椅子に腰掛けて、文庫本を広げながら1時間、ときには2時間以上も、砂糖もミルクも入れないフレンチコーヒーを口に運ぶのでした。

カウンターにはYさんがいて、ドアを開ける僕の姿を認めると閑かに「いつものやつですね」とネルドリップでコーヒーを煎れるのでした。
コーヒーの煎れ方は、Yさんの手元をみて、よく観察して、いつしか自宅で自分で焙煎した深煎りのコーヒー豆をミルで挽いて、ネルドリップでふくよかな香りの一杯を楽しむようになりました。

ブラジルの街角で

 

現在でも、オフィスに訪問客がいらっしゃると、僕は自分でコーヒーを煎れます。
もっとも、ネルドリップは管理が大変なので、ペーパードリップに換わってしまいましたが。
カップはリチャードジノリのイタリアンフルーツ。
ジノリは2013年にグッチに買収されてしまいました。

僕のジノリのカップは30年前に揃えたもので「オリジナルだぞぅー」と自慢したい気持ちをこらえて、訪問客のテーブルにセットします。

他にも通ったコーヒー店は、表参道にあった大坊珈琲店。

ご主人の大坊さんは、小説家の池波正太郎さんと親交の深かった人で、文学と思索のためのコーヒー店という雰囲気でした。

ここもネルドリップでした。お湯を細い糸のようにネルのなかのコーヒー粒に落とし始めると、カウンター席に座る誰もが、大坊さんの一挙手を見つめたものでした。

眠くなる旋律のように、ネルに注がれる細いお湯の糸。
とたんに、ふわりとコーヒーの香りが広がる。サーバーに落ちていく黒に寄った濃茶の液体。
大坊さんは、コーヒーを煎れることで、カウンター席のお客たちを魅了したものです。

「どうぞ……

と大坊さんが、コーヒーを待つお客の前にカップを置くと、他の客たちは(僕も含めて)、心の中で拍手喝采を送ります。もちろん実際に声を挙げる人はいませんでした。
セロ弾きのようにコーヒーを煎れ、指揮者のようにお客たちを統率していた大坊珈琲店。
雑居ビルの2階。その雑居ビルの建て替えのため、このコーヒー店も無くなってしまいました。

僕がいまでも通うのは、神田小川町にあるボワシ・カフェ。
渋谷のレジュ・ドゥが閉店した後に、Yさんが開いたフレンチコーヒー専門店です。

神田神保町のトロワ・バグ。

大学生時代から、神田の古書店で古本を買うとこの店でさっそく読み始め、読み疲れるまでフレンチコーヒーを飲みました。現在でも営業しています。

湯島のフレンチ・ボーグ

フランス料理の店と勘違いする人もいるらしいですが、フレンチコーヒーを出すからこの店名なのです。

六本木のカフェ・ブンナ

やはり大学生の頃から通い続け、出雲大社東京分社の前に建つフレンチコーヒーの店です。

白金高輪のベル・エキップ

浅煎りコーヒーの美味しい店で、フレンチコーヒー一辺倒だった僕を開眼させてくれた店です。

値段が高ければ、美味しいわけではありません。
銀座のK珈琲店とか、Gカフェとか、都内に展開しているT屋とか、やはりチェーン展開しているカフェ・L・Mとか、値段ばかり高くて、不味いコーヒー屋もたくさんあります。


コーヒー店に必要なのは、お高くとまったコンセプトではなく、求道者のような職人が淹れてくれるかどうか、その一点なのですよ。

『片道2時間をかけても、どうしても飲みたくなるコーヒー店がある。恋人に遭いに行くように』