作家がスーツをまとうとき

服飾の基本はスーツなのですが、いわゆるビジネススーツは着ません。
それが僕の自己中心的なTPOです。
表現者(作家)が、スタイルを持たないなんて、無責任だとまで、僕は傲慢に豪語しています。

基本はブリティッシュ(英国式)のセヴィルロウ・スタイル。
くだけた印象を身にまといたいときには、クラシコイタリア。
シャツはターンブル&アッサー(イギリス)かシャルベ(フランス)。
靴は、ベルルッティ(フランス)かステファノベーメル(イタリア)かジョンロブ(イギリス)。

 

アパレル業界に知人が多く、僕がファッション関係の仕事をしていると勘違いしている知人も少なくありません。

そもそも僕は幼少の頃に、浅草テーラーの仕立て(オーダー)服で育ちました。
冬はツィードの上着に、仕立てた白シャツに蝶ネクタイ。
夏はリネンの上着に紺色の半ズボン。
仕立屋のおじいさんはいつも僕に、三ツ矢サイダーを飲ませてくれました。

白シャツの両袖にカフリンクスを留めてくれながら、

「良いですか、坊ちゃん。この服を着たときには、大声を出してはいけません。お母様に駄々をこねてはいけません。道端に座り込んではいけません。背筋を伸ばして、物静かにお過ごしなさい。それがこの服を着る意味なのですから」

と教えてくれました。あれから50年以上、浅草のテーラーもなくなってしまいました。


おじいさんもたぶん、この世の人ではないでしょう。
ただ、いまでも上着に袖を通すとき、浅草のおじいさんのベストを着た白髪頭を思い出すのです。

『まず服装を正せ、次に言葉を正せ。成功への道が開ける』