都立全寮制秋川高等学校は、イギリスの全寮制名門校イートン・カレッジをモデルにした本格的なパブリック・スクールを目指した男子校でした。僕はこの高校にどうにかすべり込みます。
敷地は東京ドーム10個分の広大なキャンパスでした。
全員で食事をとる食堂の他に、レストランがあり、喫茶室がありました。
規律は厳しく、たばこを吸えば、一度目で停学処分。二度目に吸えば即、退学処分でした。
外交官や駐在員や官僚の息子が同級生で、東京の下町の下駄屋のせがれなんて僕くらいでした。
世界中のエリートの息子が入学してくる。それは厳しい高校でしたが、驚いたことがあります。
同級生は“僕みたいなヤツ”ばかりなんです。
A君は、映画を語らせると誰もかなわないし、英語もペラペラ、イギリス文学を原書で読む。ところがサッカーの試合では、自陣のゴールにシュートを繰り返す。
H君は、数学と物理は教わらなくても難問を解く。ドラムスを叩かせると正確無比。趣味はモールス信号を打電すること。ところが文系はまったくできない。「あのさぁ、浦山。東大受験に国語があるんだよ。浦山はさぁ、たくさん本を読んでいるだろう。とりあえず何から読んだら良いの?」
僕は太宰治の『人間失格』を貸しました。
数日後、寮室で開かれていたサロン(文学や美術や映画を語り合う集まり)にH君は現れて、
「読んだけれど、矛盾だらけじゃん。主人公は自分を人間失格だと書いているけれど、これだけ文学年表にも記載される小説を書けるわけだろう。それは合理的に考えて作家として合格だということじゃん。論理的に破綻している。読むだけ無駄だったよ」
と僕に『人間失格』の文庫本を投げていったのです。
S校長の言葉に、象徴されるこの高校における規律の正体が見られます。
夜行軍(深夜に敷地の外に出て山を踏破して帰校する)の催行前の訓示です。
「ケンカを売るヤツは最低である。ケンカを買うヤツはもっと最低である。他校の生徒から売られたケンカは絶対に買うな。ただし……、下級生が他校の生徒から、一方的に殴られているのを見過ごすようなヤツは、さらに最低である。退学処分を覚悟して、やるからには絶対に負けるな」
そんな教師や同級生に囲まれて、僕は高校3年生を迎えます。
担任の化学教師のN先生からは、
「東大は無理だとしても早稲田大学への合格は保証する。将来は作家になりなさい」
とまたも太鼓判を押されます。
ところが、早稲田大学も、上智大学も、青山学院大学も、明治大学も、明治学院大学も不合格。
滑り止めの國學院大学だけに合格します。