記者魂 ネタは失望のなかで拾え

記者魂 ネタは失望のなかで拾え

大分県高崎山のおせっかいなおばちゃん

田舎のバスは1時間に2本くらいしかやって来ない。夕暮れはやがて夜の闇を連れてきた。

「浦山さん、間違えとる。バス停はそっちやなか。こっち、こっち」

おばちゃんの声が聞こえた。高崎山サル観察所の事務員のおばちゃんだった。

「大分行きは、こっちのバス停ばい。大分市のホテルもとっとっとよ」

僕は、通りを渡ってきたおばちゃんに手を取られて、別府行きのバス停から大分市行きのバス停まで連れてこられた。

大分県高崎山のサル観察所への取材の帰りだった。

若くしてサル山のボスに君臨していたバートンが失脚して、別の群れの一兵卒に堕ちたというニュースを東京から取材に来た。

サルの群れが山奥に帰って閑散とした夕暮れの高崎山を僕はバス停まで降りていった。

高崎山は、大分市と別府市のほぼ中間にある。

「わざわざここまで来たんだ。今夜は泊まって、別府温泉にでもゆっくり浸かるか」

週刊朝日編集部に、テレフォンカードで公衆電話をかけた。

「いやぁ、大分空港までは遠いですから、最終便の飛行機に間に合うか。もう夜になろうとしていますからね。あっ、そうですか……。今夜は泊まって、明日の朝一で編集部に戻れば良いですか。それではそうします。えっ、原稿?。はい、もちろん今夜のうちに書き上げておきます」

こうして高崎山バス停の別府温泉方面行きに僕は立ったのだった。
それなのに……。

「はい、これ。ホテルの住所と電話番号。もう予約はとっとっとよ」

おばちゃんは、どこまでも親切なのだ。これは困ったな、別府温泉に泊まれないじゃないか、と思ったとき、大分市行きのバスがやって来た。おばちゃんは先に乗車して、運転手に

「この人、東京から来た朝日新聞の記者さん」

と、いらぬ紹介までしてくれた。

バスの車中でも、僕はノートを広げて、おばちゃんの視点からのボスザル失脚の顛末を聞き出そうとした。
お茶くみの事務員であるおばちゃんは、今夜のおかずをどうするか、新聞記者だと殺人犯に会ったりするんでしょとか、息子が東京の大学に行きたがっているけれど、東京は怖いところだから地元の大学に進んで欲しいとか……。
まぁ与太話で、サル山の知見は何ひとつ語ってくれなかった。

そしてホテルのカウンターまで僕に付き添って、チェックインまで済ませてしまった。

ホテルの部屋でタバコの煙をくゆらせながら、僕は悩んでいた。

「このホテルをいまからでも、チェックアウトして、バスに乗って別府の温泉宿を目指すか」

いや……、もう午後8時である。あきらめた。

また大分に取材に来ることもあるだろう。

「そのときこそ別府温泉だ」

僕は夕食をとるために、大分市内をほっつき歩いた。

乾いたイワシ寿司を食べながら

田舎の都会は、酔っ払うサラリーマン御用達の居酒屋ばかりだ。

ラーメン屋にもガヤガヤと騒ぐ酔っ払いがたむろしている。

酒を飲めない僕には居心地が悪い。

路地裏に、ぽつんと明かりを点けた目立たない寿司屋を見つけた。

大分はイワシ寿司が名物だと知っていた。

「あらぁ、あと30分早く来てくれたら、マグロ寿司を食べてもらえたのに」

寿司屋の大将は、そう残念がった。

「どうしてイワシ寿司じゃなくて、マグロ寿司なんですか」

僕は大将の握ってくれた乾いたイワシ寿司を食べながら、尋ねた。

「病院だよ、病院がマグロを解体してくれって持ち込んできたのさ」

話しはこうだ。

院長は外科医で、お爺さん漁師のガンの手術を執刀した。

お爺さん漁師は退院するときに、

「院長先生のおかげで命が助かった。治療費とは別にお礼をするばい」

院長の手を握って感謝したという。

それから、大分市内で、院長がお爺さん漁師を見かけると、なぜかお爺さん漁師は、こそこそと逃げてしまう。

それから2年が過ぎたある日。

病院の裏玄関に、大きなマグロがどーんと一匹置かれていた。

見つけたのは出勤してきた看護師だった。手紙が添えられていた。

「にねんのあいだ、どうしてもつれなかったまぐろです。やっとつれました。おれいのしなをとどけるのがおそくなってすみません」

お爺さん漁師が院長から逃げ回っていたのは、ばつが悪いからだったのだ。

マロは病院内の冷蔵庫に保管された。

その夜に院長は勤務する医者、看護師、検査技師、事務員まで連れて、このさびれた寿司屋にマグロの解体を依頼した。

にぎり寿司と、マグロの焼き物と、マグロと大根との煮付けなどで、病院あげてのお爺さん漁師の快気祝いをしたのだという。もちろん、お爺さんはその場にはいない。病院スタッフを挙げての大宴会になっていたというのだ。

それがお開きになったのが30分前だと僕に大将は告げた。

「お客さんも交じって、爺さんの快気祝いに参加できただろうに」

もうマグロは骨も残っていないと大将は残念そうに僕に言った。

「で、その病院はどこです?。院長の名前は?。電話番号は分かりますか」

僕は翌朝にその院長に電話をかけて、取材に押しかけた。

「いただきだ。“漁師爺さんの恩返し”というタイトルかな“マグロ直送便病院送り”をタイトルにするかな」

僕は取材を終えて、大分市内の喫茶店に飛び込むと、原稿用紙に万年筆を走らせた。2年間も海にマグロを求めた老人。ガンを執刀してくれた医者への恩返し。

「老人と海」(A・ヘミングウェイ作)みたいじゃないか。このネタ。

恩返しをありがたく受け取って、寿司屋で大宴会を開いた院長。いいネタ。

「サル山のボス交代」の記事よりも「マグロ直送便病院送り」の記事の方が大きく誌面を飾ったのは言うまでもない。

「別府温泉に泊まらなくて、良かったあ-」

院長に、寿司屋の大将に、感謝したのはもちろんだが、いらぬお節介で別府行きのバス停から大分市行きのバス停に、僕を強制連行した事務員のおばちゃんには、おおいに感謝した。

記事というものは、こんなふうにして作られるのである。

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