水木しげるさんの驚くべき肩書き

水木しげるさんの驚くべき肩書き

怠け者じゃなかった水木しげる

水木しげるさんが「怠け者になりなさい」と言っていたのは、ご自分に対してだったのかもしれません。

水木さんほど、勉学熱心で、自分を追求し、資料を整理して、客観的事象を研究していた人はいないんじゃないでしょうか。

僕とのツーショットの背景を見てください。

アルバムが整然と書棚に収められている。

これ全部、水木さん自身が整理しているんです。

写真、新聞の切り抜き、蔵書その他もろもろの資料を、図書司書みたいに整理していた。

マンガを描くときには、こうした資料を読み込んで、妖怪を具現化していたんです。

驚いたのは、自分が幼いときに描いた「アリの行列」の絵を僕に見せてくれたこと。

巻物みたいな長い紙に、働きアリが伝令したり、蝶の死がいを巣穴に運んでいたり、その周囲にある草や石ころまでを写実的に描いていた。

天才少年画家ここにあり、という傑作でした。

水木さんが5、6歳の頃に描いたであろうその大作を、80歳を超えてなお、きれいに保管している。

それだけでも、水木さんのていねいな生き方が、几帳面で真面目な暮らしぶりに驚きませんか。

怠け者になれない日本人

「怠け者になりなさい」は、たくさんの示唆をふくんだ水木しげるの名言です。

働きアリのような日本人。

働きアリのような従順さがあったゆえに、大東亜戦争に、太平洋戦争に、召集されるがままにおもむいた。

そして、戦を闘った。

水木さんが左腕を切断したのは、ラバウル島で米軍の攻撃で負傷したからでした。

「怠け者になりなさい」

ふり返ると、深い言葉です。

水木さんから「おい、鬼太郎」と呼ばれたときの感激ったらありません。

40歳を超えてなお、丸顔で童顔で長髪だった僕に「鬼太郎の面影がある」と水木さんは、ふざけて僕を「鬼太郎」と呼んでくれたのです。

水木しげるの名刺の肩書

水木しげるさんの名刺の肩書き。それがすごい。

「漫画家」でもなく「妖怪研究者」でもなく、大きく「冒険家 水木しげる」と記されていたのを見たときには、僕はのけぞりそうになりました。

僕もなかなか、怠け者になれなくて、飢求するかのように文章と格闘してしまう。

それは僕にとって、仕方なくて、それゆえに正しい生き方のような気もするし。

でも僕にとっては、生きることに行き詰まる、間違った生き方のような気もします。

※このコラムは、浦山明俊の主観で書かれた個人録です。客観的事実だけとは限りませんので、そこのところは、よろしくお願いします。

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