記者魂 無理してベンツに乗る教授

記者魂 無理してベンツに乗る教授

それでもベンツ、やっぱりベンツ

医者のベンツ所有率は高い

しかし中には、金銭に無理をしてベンツに乗っている医者もいる。

大学病院の医者だ。

そもそも医者はなぜベンツに乗るのか。

『医師転職・開業エージェント』という商売がある。

機関誌を発行している。

転職を例に挙げれば、もっとお金が稼げて、過酷な勤務から離れられて、嫌な上司から逃れられますよ。そんな病院を紹介しますよ的な記事が載っている。

開業もまた、どこで開業すれば患者がたくさん来るか、そのタイミングはいつか、資金がないなら銀行を紹介します。その手続きも代行します。つまり開業のお手伝いをしますよ的な記事が載っている。

誌面にはベンツをはじめとした高級外車の広告が載っている。

他にも、投機用マンションの広告や、高級腕時計、ゴルフ場、リゾートホテルなどの広告が並ぶ。

もっとも現在では、紙媒体からウェブマガジンに移行しているが、広告はやはり甘い誘いを医師に提示している。

そこで、まずはベンツである。

医者たるもの、高級車ベンツに乗らなくてはという気にさせられる。

患者の前では、外しておくロレックス(パティックフィリップなんか知らない)の腕時計、白衣を脱いだときのアルマーニ(ブリオーニなんか知らない)のスーツ、通勤時は見せないが、休日には手にするルイヴィトン(グローブトロッターなんか知らない)のかばん。そして乗るならベンツである。

こんな成金みたいな格好を平気でしている。

「金の使い方を知らないなぁ」

と僕は思う。

そんな成金みたいな医者に限って、医者じゃない者をバカにする。

「ほぅ、朝日新聞出身の医療ジャーナリストねぇ。でキミはどこの医学部の出身なの?。えっ、医学部を卒業していないだって。そんな素人に医学が分かるはずがない。患者は俺の言う通りにしていれば良いんだ。それだけだ、言うことは。ふんっ、医学部を卒業していないくせに取材なんかに来やがって。帰れ帰れ」

そんなS大学医学部付属病院の、名ばかり教授に診療される患者は、不運だ。
そんな成金医者こそ、帰れ帰れだ。

その日は、T大学医学部付属病院の泌尿器科にM准教授を訪ねた。

もちろん医療ジャーナリスとして記事を書くために取材に行ったわけだ。

不妊治療の取材だった。不妊は女性ばかりの責任ではなく、男性も、できればカップルで診療を受けるべきだという記事を書くためだった。

「なぁ、浦山さん。あの駐車場に停めてあるベンツみっともないと思わない」

それは上司であるS教授の銀色のベンツだった。

「中古だよ。ヤナセから買ったんじゃないんだ。しかも3人くらいオーナーが代わった中古車のベンツなんだよねぇ」

M准教授は、医局の窓から病院関係者専用の駐車場を見下ろしてそう言った。

「俺たち勤務医はさ、とくに大学病院の医者はさ、そんなに金をもらっていないじゃん、ね」

とM准教授は、僕に給与明細を見せた。

月収50万円余り。そうなのだ。大学には文学部や経済学部や法学部などがあり、医学部はそうした学部のひとつに過ぎない。

「だからさ、俺たちって学校の先生扱いなわけ。付属病院で患者さんを診療するから、他の学部の先生よりは、ちょこっと金額は上乗せされるけれど、月収ってこんな程度なわけ」

T大学医学部の医者の年収は600万円といったところか。

T大学医学部の病院は、相場よりは安い。

僕の知る限りでは、30代半ばの勤務医の年収は800万円。40代で1000万円程度である。

開業医の年収は、勤務医の1.7倍といわれている。

勤務医の年収が1000万円なら、同世代の開業医は年収が1700万円ある計算になる。

ママ友の集まりがあるように、医者妻の集まりというものがある。

「今日は皆でフラワーアレンジをしましょう」

「今日は皆でイギリス式アフタヌーンティーを飲みましょう」

「今日は皆でオペラ鑑賞会に出かけましょう」

そこでは勤務医の妻と開業医の妻が同席する。

「あらM先生の奥様、先週と同じドレスだわ……ヒソヒソ。おーっほっほっほ」

なんて陰口が交わされる。

「ねぇM先生の奥様、いつもクラウンを運転してくるわよねぇ……ヒソヒソ。おーっほっほっほ」

帰宅した奥様はM先生にプリプリと怒りながら、

「あたしだけ同じドレスで笑われたわよ。新しいドレスを作ってよ」

と訴える。

「他の奥様がベンツに乗ってくるのに、なんで私だけクラウンなのっ!」

と訴える。

M准教授は、奥様からの圧力に屈せずに、クラウンだって良い車じゃないかと説得して、ベンツを買わないのだという。

そのM准教授の目から見て、

「S教授は恐妻家だからねぇ」

無理して中古の銀色のベンツを購入したとのことである。

医者は、医師免許を取得して、いきなり開業するケースはまずない。

研修医としての20代を、大学病院で過ごす。

30代でどうにか患者の診療ができるスキルを身につける。

さて40代となったとき、選択肢に悩む。

独立して開業医になるか。

勤務医を続けて、役職につくか。

目指すは教授だが、主任教授の席はただひとつである。

主任ではない「冠だけ教授」という医者はたくさんいるのである。

医者となって歩む人生=金持ちでは決してない。

もちろん一般企業の年収よりは多少は金持ちかもしれないが、40代になるまでに患者をひとりで診察することができるだけのスキルを身につけられるかが、開業医になれるかどうかの別れ道なのだ。

大学病院の強みは、検査や手術などの施設が充実していることと、複数の医者をはじめ看護師や薬剤師、検査技師などの多くのスタッフに囲まれたチーム医療が受けられることにある。

大学病院の医者なら、まして教授なら個人的に超一流の最高水準の医者に違いないという思い込みを持つ人は多い。

しかし大学病院の楽屋裏では、役職への野望を燃やしたけれど、それなりの地位に就くことができず、開業医として独立するスキルがなく、主任教授の査定や人事におびえながら、朝から晩まで大勢のすがりついてくる患者を診察しなければならない日々に疲弊している医者もいるのである。

T大学医学部付属病院をあとにするとき、僕はS教授が今晩も奥さんからガミガミと怒鳴られるのかなぁと想像して、少し哀愁をもって銀色の中古ベンツを眺めた。                          

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